鳩正宗の精米80%がドラマ性を帯びていて、そして僕は酒気を帯びていく
青森県の酒蔵の配置は絶妙で、青森市には田酒の西田酒造、弘前市には豊盃の三浦酒造、八戸市には陸奥八仙の八戸酒造がある。
青森県はこの三酒蔵が君臨している感があるが、個人的には十和田市の鳩正宗も推したい。
十和田市は青森市と太平洋側の八戸市の中間くらい(やや八戸寄り)に位置し、十和田湖を擁する。親戚の集まりで、現在60代の両親世代が「十和田湖のヒメマス養殖は小学校の社会科の教科書に載ってるくらい有名。十和田湖には食べられる魚がいなかったが、和井内貞行がヒメマスの養殖に成功して十和田湖は地域に恩恵をもたらす豊かな湖になった。え?自分のころの教科書には載ってなかった?お前は社会科で何を学んだんだ」と熱く語っていた。君たちヒメマスのなんなんだ。
今回飲むのは長谷川酒店さんでお勧めされた佐藤企(たくみ) 純米酒。鳩正宗の杜氏さんのお名前を冠している。
最近よく見かけるようになってきた低精白。
度数15度
山田錦80%精米
一回火入れ
香りは酢エチ。極めて抑制的。
アタックは強く、味がぐわんと広がって余韻が長く続く。立ち香の印象が弱かった分、味の広がりが強調されて際立つ。しかし精米80%とは思えない綺麗さで、雑味はない。米・植物系の強いニュアンス。
味と香りの構成要素を引き算していったミニマルさと、米のパワフルさが絶妙な均衡で共存している。鼻腔で感じた印象と舌で感じた印象に大きなギャップがあり、飲んだ瞬間にハッとさせられる。グラスを鼻から口にもっていくシークエンスにドラマ性が生まれている。(この記事を書く直前までフィギュアスケートアニメの『ユーリon ice』を観ていたので、シークエンスという言葉を使いたくて仕方がなかった。)
鳩正宗さんの酒は、今回の銘柄のほかに稲生(いなおい)*を以前飲んだことがあるが、こちらの酒もアンビバレントなイメージを持っている技巧的な酒だった。
稲生は、" 米の甘みがかつてそこにあったのだが、糖は酵母に食われてもう今はその甘みはない、しかし甘みの名残がまだ消えずに漂っていて、ふとした拍子にその甘みの名残が立ち現れる " というような、そんな淡麗さ。つらい恋をして二度と人を好きになるまいと決めた女のような逆説的な色気。
* 純米吟醸、華想い50%精米、一回火入れ、2017年10月製造
十和田にヒメマスと鳩正宗のドラマあり。